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『PAPA & DADDY』歐陽ママとお勉強ちゅう♡ #21

『PAPA & DADDY』歐陽ママとお勉強ちゅう♡ #21
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中国語映画・ドラマの翻訳や、日本で開催されたアジアBLドラマイベントMCなどに携わり、アジアドラマをこよなく愛する歐陽ママが、注目するドラマの台詞をきりとり、読者の皆様に中国語の表現の面白さなどをお伝えする「歐陽ママとお勉強ちゅう♡」。
目次

今週でPAPA & DADDYを材に取った講座も終わり。この作品の大きなテーマの一つは「人権」なのだと思う。人権って難しく聞こえがちだけど、あたしは「私(あなた)が存在することに、誰の許可も必要としない」ということに言い換えられるのじゃないかと思うのよね。ジェリーとダミアンが同性婚の家庭で、そして子育てをするということに向き合い責任を負っている、そのことに誰かが「認めてあげる」だとか「許すべきでない」とか、そんな第三者の感情は本来的には入り込む余地ないはずなのよね。

PAPA&DADDY』  酷蓋爸爸 第六話×オクサン、ダンナサン

そういうわけで、同性愛カップル/世帯ではそれぞれはなんと呼びあうかって話だけど、ダミアンがジェリーにいう「奥さんになれるわよ」って発言も冗談のはずだし、「奥さん」、「旦那さん」なんて呼び合っているうちはまだまだ男女の関係を前提にした婚姻の考え方から抜け出せてないとも言える。じゃあ何て呼べばいいのか。それで『PAPA&DADDY』なんだろうけど、これは息子のカイカイから見た視点だものね。あたしは名前を呼び合うのがロマンチックだと思うんだけどね。

作品紹介

PAPA & DADDY

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世界初のLGBTファミリードラマシリーズ!

台北でバーを経営するダミアンの夢は「家庭を持ち子供を育てること」。​ダミアンは恋人でユーチューバーのジェリーと2年間つきあった後、代理母出産により無事に息子のカイが誕生する。ダミアンとジェリーはカイを幼稚園に入れると、他の家庭との違いや母親がいない理由などについて、カイから答えづらい質問をされることになる。また、ゲイであることをカミングアウトできていないジェリーは、親との向き合い方に悩んでいた。

出演:メルビン・シア、マイク・リン
監督:ナンシー・チェン
監督:ナンシー・チェン

第六話冒頭、二人の関係を話すシーン

“我可以做你的太太嘛” 訳:あたしも奥さんになれるわよ

息子のカイカイ、幼稚園の友達が誕生日パーティをすることになるんだけど、そこに「奥さんも一緒に」と誘われたジェリー。どう答えていいかわからないジェリーはダミアンに相談する。そこでダミアンが冗気味に、
“我(ㄨㄛˇ|wǒ)可(ㄎㄜˇ|kě)以(ㄧˇ|yǐ)做(ㄗㄨㄛˋ|zuò)你(ㄋㄧˇ|nǐ)的(˙ㄉㄜ|de)太(ㄊㄞˋ|tài)太(˙ㄊㄞ|tai)嘛(˙ㄇㄚ|ma)”
と言うんだけど、“太太”は「奥さん」。最後の“嘛”は疑問の“嗎”とはニュアンスが異なって、「〇〇でしょう?」と確認するようにして使われる。そして、日本語でも「奥さん」を意味する単語はいっぱいあるけど、それは中国語も同じ。思いつくだけでも、
“老(ㄌㄠˇ|lǎo)婆(ㄆㄛˊ|pó)”、“內(ㄋㄟˋ|nèi)人(ㄖㄣˊ|rén)”、“愛(ㄞˋ|ài)人”、“妻(ㄑㄧ|qī)子(ㄗˇ|zǐ)”
なんかがあるし、品のある言葉じゃないけど「愚妻」という意味の“賤(ㄐㄧㄢˋ|jiàn)內”という言い方もある。それぞれにシチュエーションで使い分けたりするけど、普段は“老婆”が多いかな。恋人同士だと“寶(ㄅㄠˇ|bǎo)貝(ㄅㄟˋ|bèi)”って呼び合うこともある。「大切な宝もの」っていう意味だけど、「ベイビー」ってことね。

“你也太在乎別人的想法了吧” 訳:他人の目を気にしすぎだ

続きのシーンで、自分たちが同姓婚家庭であることを言い出せなかったジェリーにダミアンがいう言葉。“你也(ㄧㄝˇ|yě)太在(ㄗㄞˋ|zài)乎(ㄏㄨ|hū)別(ㄅㄧㄝˊ|bié)人的想(ㄒㄧㄤˇ|xiǎng)法(ㄈㄚˇ|fǎ)了(˙ㄌㄜ|le)吧(˙ㄅㄚ|ba)”、
“在乎”は「気にする、気に掛ける、心配する」という意味で、日常的に使うわね。二丁目ではまだまだ現役で毎週末歌われていたテレサ姐さん(テレサ・テン)往年の名曲「時の流れに身を任せ」、中国語タイトルは“我只在乎你”という。どう訳すのがいいかしらね。そして「你也太〇〇了吧」ってこれ、もう一つのフレーズって言ってもいいかもしれない。「それにしても〇〇すぎでしょ」っていうニュアンスね。「いやあ、それにしてもよく食べるねえ」とか、「それにしても美しすぎる」とかさ。ここでの「他人の目を気にしすぎだ」という言葉、あたし好きよ。“想法”は“看(ㄎㄢˋ|kàn)法”と置き換えてもいい。あたしもあんまり他人の目とか、どう思われるか気にしないんだけどね。自然に生きることと、思いのままに生きることの間には大きな溝があるけど、なるべく自然にいられるほうがやっぱりいいわよ。

“做自己”(自分らしくある)ということ

こないだスイスで同性婚が法制化されるっていうニュースを見て、それについていろいろ言ってる人の話を聞く機会があったんだけど、ひっくり返りそうになるほどたまげたわ。「自分はリベラルなので同性婚は認める立場だ」とか、すごいでしょ? やっぱりあたし「あんたは誰と結婚しても自由なのに、なんであんたが赤の他人の結婚を『認める』のよ」と思った。「同性婚を許すと少子化が進む」とかね、もう本当に理解できない。子供産むのは女性で、男性も必要なわけだから、少子化の原因はストレートのカップルにあるんじゃんね。まあいいけど、みんな誰に気兼ねすることなく、あくまで自然に“做自己”できるといいんだけどねえ。

執筆者情報

歐陽ママ

早稲田大学大学院修了。論文のテーマは台湾の文化。
2012年から2013年にかけて台湾で生活、日本語の先生などしてふらふらする。
新宿二丁目では2021年10月から新しいお店「美麗島」をオープン予定。

Rakuten TVで視聴する

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BLドラマ 中国語講座 歐陽ママ
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