観客賞受賞の邦画4選
私をくいとめて
377050
芥川賞作家・綿矢りさの原作を映画化。2020年の「第33回東京国際映画祭」で観客賞に輝いた本作で、30歳を越えて“ソロ活”を満喫している主人公・みつ子を、のんが演じている。
彼女の脳内には、いわば“もう一人の自分”である相談役の「A」がおり、人間関係や身の振り方に迷ったときにはいつもAから正しいアンサーをもらえる。というと、こじらせ系のようなのだが、考え事をするときなど突っ走ろうとする自分と冷静な自分がいたりするだろうし、この作中においては、取引会社の年下営業マンに恋をしたときのみつ子とAの会話では、久しぶりの恋にあれこれ考えてしまう様子に「わかる~」となる。
Aは声だけの登場で、のんが“独り言芝居”でみつ子の姿をとびきりキュートな雰囲気で見せていく。けれども、おひとりさまを楽しんできた中での、人との距離感に迷子になってしまったとき、感情が爆発してしまう演技にはすごみを感じるほどだった。
また、Aの声を中村倫也、みつ子の恋のお相手を林遣都、そして結婚してローマに住むみつ子の親友を橋本愛が演じ、存在感を放っている。
ちょっと思い出しただけ
425290
池松壮亮×伊藤沙莉の共演で描いたラブストーリーが、2021年の「第34回東京国際映画祭」で観客賞を獲得した。
ステージ照明の仕事をしている照生とタクシー運転手の葉の物語が、別れてしまった後から始まり、付き合い始める6年前まで時が巻き戻されていくスタイル。照生の誕生日を1年、また1年とさかのぼっていくのだ。恋の痕跡が少しずつ明かされ、タイトル通り2人が「ちょっと思い出す」瞬間をとらえる。
痕跡がどんどんつながっていく様子に引き込まれるとともに、それを表す池松と伊藤のナチュラルな演技が見応えがある。1年ごとの1日が描かれるだけなのに、そこに至るまでに1年ずつ積み重ねられた思いが、「あぁそうだったのか」と伝わってくるのだ。
半世界
315596
2018年の「第31回東京国際映画祭」で観客賞を受賞。阪本順治監督が自ら書き下ろしたオリジナル脚本で、人生半ばに差し掛かった39歳の男性3人の友情物語を軸に描く。主演に迎えたのは稲垣吾郎。阪本監督が「土の匂いのする役を稲垣に」と願い、ある地方都市の山中で備長炭を作る家業を継いだ高村紘に扮(ふん)する。
ある日、中学時代からの旧友である沖山瑛介(長谷川博己)が自衛隊をやめ、妻子とも別れて、町に帰ってきた。紘と瑛介、そして同じく同級生で中古車販売業の岩井光彦(渋川清彦)は再び交流していく。
彼らの今までと、これからどうしていくのか。人生の折り返しに差し掛かった日々。稲垣×長谷川×渋川が、それぞれの“世界”を葛藤しながら進もうとする大人世代の生きざまをじっくり表現する。紘の妻役で出演する池脇千鶴も、これまでも得てきた評価の高い演技力をいかんなく発揮している。
窓辺にて
448096
2022年の「第35回東京国際映画祭」で、再び稲垣吾郎主演作が観客賞に輝いた。本作で稲垣が演じるのはフリーライターの市川茂巳。編集者である妻・紗衣(中村ゆり)が担当する売れっ子小説家と浮気しているのを知っているが、それを言えずにいるという人物だ。その実は、浮気を知ったときに芽生えたある感情に悩んでいたのだ。
ラブストーリーに定評がある今泉力哉監督が本作も脚本を手掛け、茂巳が高校生作家・留亜(玉城ティナ)らと交わす会話劇で、“好き”という感情を深く掘り下げていく。静かなテンポに、稲垣の佇まいがピタッとはまっている。
ちなみに、2023年の映画祭にも、稲垣が新垣結衣と共演することで話題の『正欲』がコンペティション部門に正式出品されている。こちらで稲垣は、不登校の息子を抱え、教育方針を巡って妻とたびたび衝突しているという検事役。また新たな表情を見せてくれることに期待したい。
(文・神野栄子)
Rakuten TVで視聴する
377050,425290,448096