初めて見た人には、作品中のたくさんのシーンに「?」が浮かんだのではないかしら?あたしもそうだったわよ。「なにこれ?」ってたくさん思った。でも「今の視点からあの時代を見つめる」というテーマがあることを理解できれば、現実にはありえないシーンの数々が「メタファー」であることに気づくはず。天地がひっくり返っているように「感じるような」、あんなバケモノがそこに「いるかのような」恐怖の時代だったということなのよね。
『返校 言葉が消えた日』× いつの日にか、その日はやってくる
今日の中国語的なポイントは“總有一天”と“等到”ね。チャン先生は「戒厳令」と「白色テロ」のただなかにあって、自分もその「被害者」であるにも関わらず、「いつの日にか、その日はやってくる」という希望を持っていたわけ。どんなに強権的であろうと、人の心だけはコントロールできないものよ。あたしらは自分の身体を1ミリだって抜け出すことはできないけれど、心だけはどこまでも飛んでいける自由を持っているものなのよね。
作品紹介
返校 言葉が消えた日
399069
2019年度台湾映画No.1大ヒット自由が罪と教えられた時代。あなたなら、どう生きましたか?
1962年、独裁政権のもと国民のあらゆる自由が制限されていた台湾。放課後の教室で、いつの間にか眠り込んでいた女子学生のファン・レイシン(ワン・ジン)が目を覚ますと、なぜか人の姿が消えて学校はまるで別世界のような奇妙な空気に満ちていた。校内を一人さ迷うファンは、秘密の読書会のメンバーで彼女に想いを寄せる男子学生のウェイ・ジョンティン(ツォン・ジンファ)と出会い、力を合わせて学校から脱出しようとするが、どうしても外へ出ることができない。廊下の先に、扉の向こうに悪夢のような光景が次々と待ち受けるなか、消えた同級生と先生を探す二人は、政府による暴力的な迫害事件と、その原因を作った密告者の哀しくも恐ろしい真相に近づいていく──。
出演:ツォン・ジンファ、フー・モンボー、ワン・ジン、チョイ・シーワン、リー・グァンイー、パン・チンユー、チュウ・ホンジャン
監督:ジョン・スー
映画終盤、チャン先生がウェイに思いを託す印象的なシーン
“你一定要活下去” 訳:君は生きるんだ
映画も終盤、「本」が象徴する「自由」を巡る劇中でのさまざまな出来事を経て、これから悲劇を迎えようというチャン先生がウェイに託す言葉。
“你(ㄋㄧˇ|nǐ)一(ㄧˊ|yī)定(ㄉㄧㄥˋ|dìng)要(ㄧㄠˋ|yào)活(ㄏㄨㄛˊ|huó)下(ㄒㄧㄚˋ|xià)去(ㄑㄩˋ|qù)”、“一定”は「必ず」、「絶対に」、「間違いなく」という意味で日常的に使われる単語。ここの“要”は英語で言えばneed toで、「必要だ」、「~しなければならない」ということ、“活”は「生きる」。普通「生きている」という意味で使う時は“著”が付いて“活著”という形になる。“活”に付く“下去”は“V下去”で「Vし続ける」、だから「生き続ける」よね。「君は生き続けなくちゃいけない」。たくさんのメタファーにいろどられた本作、言いたいことを言いたいままには言えない不自由さの中、ところどころに心の中の声の吐露があるのよ。その心の声があたしたちの琴線に触れるのよね。
“總有一天,會等到自由的” 訳:未来には自由が待っている
會(ㄏㄨㄟˋ|huì)等(ㄉㄥˇ|děng)到(ㄉㄠˋ|dào)自(ㄗˋ|zì)由(ㄧㄡˊ|yóu)的(˙ㄉㄜ|de)”、
“總有一天”は一続きのフレーズで、「いつの日にか」、「遅かれ早かれ」。“會”は今までも何度も出てきたけどここでは「~しうる」の意味ね。“等”は日本語とはかけ離れた意味で「待つ」なんだけど、“到”は“V到”の形で「Vできる」。例えば“吃到”だと「(食べたいと思っていたものを)食べられる」なの。だからここの意味は「(その待っているものがやってくるまで)待つことができる」という感じね。“自由”はそのまま。というわけで、ここのセリフはとても中国語的な言い回しなのね。「いつの日にか、自由(がやってくるその時まで)を待っていることができる」、つまり「待っていれば、いつの日にか自由がやってくる」ということを言っているのね。
中国語の言い回しの中にある「中国語らしさ」
例えば、有名なテレサ・テンの歌「時の流れに身をまかせ」の中にあるフレーズ「だからお願い、そばに置いてね」、あたしら日本人からすると全く違和感のない言い方よね。まあ女々しいけどさ……あたしだってそう思ったことあるわよ! でも中国語だとね「だからお願い、わたしをあなたから離れさせないで」っていう言い回しになるの。つまりいつでも「わたし」がどうなのかということが主体なのよ。日本語の場合は「あなたが」「わたしを」そばに置いてね、なんだけど中国語は逆。こういうのも中国語らしさを感じられる面白さね!
執筆者情報
歐陽(オウヤン)ママ
早稲田大学大学院修了。論文のテーマは台湾の文化。
2012年から2013年にかけて台湾で生活、日本語の先生などしてふらふらする。
新宿二丁目では2021年10月から新しいお店「美麗島」をオープン予定。