3人の感情が入り乱れる、新感覚タイBLドラマ『180 Degree Longitude Passes Through Us -僕らを隔てる境界線-』
現代演劇の著名な演出家であるパンナサック・スッキーが、脚本と演出を務めるドラマ『180 Degree Longitude Passes Through Us -僕らを隔てる境界線-』が、2月27日よりRakuten TVで配信されている。タイトルの“180 Degree Longitude”とは経度180度、つまりは日付変更線のことで、決して交わることのない“線”。このドラマはこの“線”をモチーフに、同性愛を中心にさまざまな概念が哲学的に語られていく。
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主な登場人物は、20歳を迎えたばかりのウェーンと、母親のモンことサシウィモン。そして、モンと亡き父・サイアムの大学時代の友人である、有名建築家のインことインタウットの3人。有名なドラマの演出家であるモンがウェーンと一緒にロケハンに行った先で迷子になってしまい、偶然再会したことから3人の物語が流れ出すのだが、序盤から意味ありげなシーンが繰り広げられていく。インはウェーンに会った瞬間から何か言いたげなまなざしをしており、モンは腹の中に何かを抱えているようだが、口に出すことはない。そして、ウェーンもインに対して特別な感情を持っているようだが、明確には示さない。そうして、“肝心”なことには触れないようにしながら、 楽しげな時間を過ごしていく。
しかし、2話、3話と見続けていくうちに、“肝心なこと”が漏れ伝わってくる。ウェーンの父親はモンとの離婚後に亡くなっているのだが、学生時代から懇意にしていたインとの間に何かあったであろうことは間違いない。ウェーンは何があったのかを知りたいようだが、なかなか具体的な部分までたどり着くことはできない。しかし、モンがテレビドラマ監督賞にノミネートされ、しばしバンコクに帰ることで、事態が動き出す。
それまでの多くのやり取りから、ウェーンはインに引かれていることがわかる。そして父親とウェーンとの関係についても複雑な過去があったであろうことを察していく。しかし慣習通りの恋愛観を持ち、シングルマザーとして逞しく生きてきたモンは、母親としても、元妻としても、そのどちらにも気付きたくない。そこに新世代のウェーンが、一石を投じる。父親から“経度”という意味の名前を授かったウェーンは、モンとイン、二人の間に何らかの線を作り出す存在となるようだ。ただ、それが分断する線になるのか、繋ぐ線になるのかは謎だが、彼らが長年、目を背けてきた“あること”に何らかの決着がつけられることは間違いないようだ。
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全体を通して、とてもユニークなのは、監督が演劇人らしく、ドラマなのにほぼ1シチュエーションで展開されることだ。気付くと山間の豪邸の中だけで繰り広げられているが、心理的探り合いが広がっていくので、マンネリ感を抱かせないのがすごい。また、序盤からせりふや掛け合いの一つ一つに含みがある上に、メタファーだらけなのも演劇っぽい。日付変更線や裏庭の小川、そこに架けられようとしている橋、モンが手掛けるドラマの世界観…、全てが何かを暗喩しているように見えるので、ぜひ想像してみてほしい。
印象的だったのは、第7話でモンがテレビドラマ監督賞と作品賞をW受賞した授賞式での一幕を回想するシーン。4本のBLドラマを退けて、監督賞と作品賞を受賞したモンにある記者が投げかける「性の多様性がいまだにドラマの娯楽に留まり、実生活ではその価値が認められていません」というせりふは、まさにタイ社会の現実を表している。また、登場する4作品のタイトルは実在するBL作品のタイトルを文字っているようなので、元ネタを探るのも面白いだろう。
上記のせりふからも分かる通り、この作品が炙り出そうとしているのは同性愛を巡る「現実と真実」だろう。なかなか切り込みにくい“肝心”なところを詳(つまび)らかにしようとしているように見える。例えば、政治や世間のメタファーであるモンが口にする“正しい道”とは、現実と真実、どちらの道なのか。インの思いに気付いている上で通俗的“正しい道”に導いてほしいと言っているのか、自分では言えないから先輩としてウェーンの心にとって“正しい道”を指し示してほしいと言っているのか。劇中で指し示される道が、どちらなのかに注目したい。
たっぷり8話かけて、「あなたはどう思う?」という監督の問いが聞こえてきそうな『180 Degree Longitude Passes Through Us -僕らを隔てる境界線-』。3人の感情が入り乱れるように見る者の心も掻き乱し、視聴後に語りたくなる一作であることは間違いないだろう。
(文・及川静)
https://news.tv.rakuten.co.jp/2024/04/bl-list.html BL関連記事一覧
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