ビジネスでの権力争いだけでなく、会長の妻たちによる愛憎劇も繰り広げられるため、一見、昼ドラのようなドロドロした作品に見えるが、この『To Sir, With Love』はそれだけではない。権力争いと愛憎劇に加えて、現代にもつながるLGBTQ問題にも切り込んでいるのだ。時代劇の中に散りばめられたメッセージについて解説しよう。
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5大名家による「五龍会」はサイアムのあらゆる事業を手掛けており、この日も新たなコーヒー事業の担当者を決めるために、5大名家の代表者がソン会長の家に集まっていた。そのソン家には、3人の妻がいた。なぜ、過去形かというと3人目のブアが、子供が産めない体であることが発覚して別宅に追いやられ、使用人になったからだ。本宅では、異母兄弟である長男ティアンと次男ヤンの母親たちが日々いがみ合っていた。長男の母親のリーは次男を「しょせん2番目」と見下し、次男の母親のジャンは隙あらば長男を殺そうとするほど。だが、当の息子同士は仲がよく、この日も2人で会議を覗き見していた。
その会議である事件が起きた。新規事業を手に入れたい野心家のマーがライバルのチャンを蹴落とすために、チャンが同性愛者であることを暴露したのだ。それを聞いたソン会長は信用を失ってはならないという理由から、新規事業をマーに任せると宣言。その後、チャンは売り言葉に買い言葉で事業を取り上げられた上に、五龍会から除名されてしまう。しかも、事件はこれだけでは終わらなかった。その夜、ソン家を訪れたチャンが、会長に恨み言を告げたのちに自害してしまったのだ。そして、何の因果かこの出来事は、次世代にまで影響を及ぼすことになる。
一方ティアンとヤンは京劇が大好きで、役者の動きや踊りをマネたりしていた。特にティアンはスカーフで着飾り、踊りをヤンに見せるほど夢中になっていた。だが、それは女形の踊りだった。それがある日、エスカレートする。口紅を塗り、スカーフを巻いてうっとりしているティアンを見た母親は激しく動揺し、ティアンの腕を強く掴み、“2度とするな、誰にも言うな”ときつく命令。また別の日には泣きながらティアンのお尻を叩くのだった。
それから、12年後。ティアンは隠れて京劇を愛し続けたが、ゲイであることは誰にも気付かれずに立派な後継者に成長していた。一方、イケメンに成長したヤンは少々チャラついているが、困ったときには頼れる青年になっていた。そして、相変わらず2人は仲良しだった。ヤンはティアンが同性愛者であることを知っていたが、少しも気にせず、どちらかというとティアンと一緒になって秘密を守ってきた。
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ところが、母親のリーとお付きのジアが「ティアンが同性愛者であることを知られたら大変」と話しているのを使用人が偶然聞いてしまったことから、事態は急変する。秘密を守るために殺人事件にまで事が発展し、権力争い、後継者争いが激しさを増していくのだ。それと同時期に、ティアンは運命の人に出会い、秘密裏に愛を育むが、そのささやかな関係すら野心家のジャンは利用しようとする。だが、ある出来事をきっかけに、息子のために、と盲目になっていた2人の母親に変化が生じ、物語は思わぬ方向に向かっていくのだった。
通常、タイのBLドラマはLINE TVなど配信用として作られることが多いが、この『To Sir, With Love』は地上デジタル「GMM One」のドラマとして制作されたためか、恋愛面にスポットの当たるBLドラマとは異なり、人間関係やLGBTQ問題が色濃く描かれている。タイBLはいまや世界的人気コンテンツに成長し、間違いなくタイをアピールする商品の一つになっているが、タイ社会で同性愛が受け入れられているかというとそれはまた別の話。2020年に同性カップルの結婚を事実上認める、「市民パートナーシップ法案」が承認されたが、異性婚と区別されているのが実情。タイの親世代は比較的保守的と言われており、実社会の状況をセリフに盛り込んだ2022年のBLドラマ『180 Degree Longitude Passes Through Us-僕らを隔てる境界線-』では、「性の多様性はいまだにドラマの娯楽に留まり、実生活ではその価値が認められていない」と語られていた。
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この『To Sir, With Love』は、そんな状況に一石を投じる作品になっているのではないかと思われる。その理由は、終盤の親たちの心境の変化にある。第1話では弟のように大切にしていた仕事仲間を死に追いやるほど頑なだった偏見が、紆余曲折の末に改められ、最後のハッピーエンドにつながるからだ。年配層に人気のドロドロ愛憎劇と思わせつつ、ふたを開けてみると同性愛者とその家族たちの本音を通して、同性婚への認識を改めさせるドラマに変身。Twitter(※当時)世界トレンド第1位を獲得したのも納得のドラマだ。
(文・及川静)
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